NL MVPレース考察【前編】大谷翔平とPCA、打撃は互角。WARで 1.1 離されている理由 2026/8/6
ナ・リーグMVPを争う二人。大谷翔平(ドジャース)とピート・クロウ=アームストロング(カブス)。 ⏱ この記事は約 8 分で読めます。
いま、ナ・リーグのMVPレースはほとんど一騎打ちの様相です。大谷さんと、カブスのピート・クロウ=アームストロング。 まず最初に、この二人の打撃成績は現状、かなり似通っています。
打撃成績の並置(2026年8月6日時点)
大谷翔平 クロウ=アームストロング 打率 / 出塁率 / 長打率 .297 / .399 / .554 .288 / .386 / .552 OPS .953 .938 本塁打 26 26 盗塁 6 28 wOBA .4019 .4029 出場試合 109 115
本塁打は26本ずつ。打率は.297と.288。打撃の中身をひとつの数字にまとめた wOBA で並べると、.4019 対 .4029 。差は1000分の1です。
ところが、WARを見るとこうなっている。(8/6現在)
大谷さん 6.7 / PCA 7.8。
打撃が同じなら、この差は打撃以外にあるはずです。ただ、その内容を見ていく前に、先にWARの中身について少し話したいと思います。
WARとは、そもそも何を表す数字なのか。 PCAの28盗塁やメジャーNo.1と言われる守備を、大谷さんのマウンドで投げた85回2/3とどう比較していくか。また、打撃と同じ土俵に乗せるにはどうすればいいか。
この問いに答えを出したのが、セイバーメトリクスでした。
発想はいたってシンプルです。野球で勝敗を決めるのは、得点と失点の差だけ。だったら、選手がやったことを全部「何点増やしたか、何点防いだか」に翻訳してしまえばいい。
打つのも、走るのも、守るのも、投げるのも、すべて同じ単位に乗せてしまう。そうすれば、まったく違う仕事どうしでも、足し算ができる。
それが Run Value(得点価値) という考え方です。
守備の上手さも、走塁で稼いだ塁も、すべて数字で扱えるようになったことで、近年のMVP投票では、この得点価値を積み上げたWAR が重く見られるようになりました。
得点価値とは では、ヒット1本はどれくらい価値があるのか。
詳細は割愛しますが、おおよそ以下の考え(得点期待値)です。
プレー別の平均得点価値(2026年実測)
プレー 点 本塁打 +1.51 三塁打 +1.03 二塁打 +0.72 単打 +0.45 四球 +0.23 犠牲フライ −0.15 三振 −0.22 凡打 −0.26 併殺打 −0.32
本塁打が+1.51点、二塁打が+0.72点、単打が+0.45点、四球が+0.23点。四球ひとつが単打のちょうど半分の値打ち というのは、なかなか腑に落ちる数字ではないでしょうか。
守備も、まったく同じ計算で測れる ここからが本題です。
平均的な外野手なら抜けていた打球に追いついて、アウトにしたとします。二塁打(+0.72点 )になるはずだったものが、アウト(−0.26点 )に変わった。この野手は、1プレーでおよそ差し引き1点を防いだ ことになります。
打者が1点を作るのも、野手が1点を防ぐのも、勝敗への効き方は同じです。だから同じ単位で足せる。
長らく問題だったのは、「平均的な野手なら捕れたのか」を誰も決められなかったことでした。それを解決したのが、2015年から全球場に入った追跡システムです。打球の落下地点、野手が守っていた位置、走った距離、使える時間——すべてが記録されるようになった。そこから「この打球を平均的な野手が捕る確率 」が計算できます。
PCAは今季、平均的なセンターなら届かなかった打球を22機会、余分にアウトにしました (これは全ポジションを通じてメジャー1位)。1つあたり、およそ0.9点。合計で 19.5点を防いだ ——これがStatcastの計算です。
「守備が上手い」という感覚的な話ではなく「今季19.5点ぶん防いだ」と数値として表せる。ほんの10数年前には、できなかったことです。
そして、打撃も走塁も守備も投球も、すべてが同じ「得点価値」に直っているなら、あとは足すだけです。その合計を勝に換算したものが、WAR。 今年のMLBなら、およそ9.9点が1勝ぶんにあたります。
では、二人を得点価値で並べてみます。
実際のプレーで動かした点 WARの成分分解(単位:点)
成分 大谷さん PCA 打撃 +32.5 +34.5 走塁 +0.9 +4.0 防いだ点(大谷翔平=投球/PCA=守備) +15.0 +19.5 実際のプレー 小計 +48.4 +58.0 制度上の調整(守備位置補正など) +17.6 +19.0 合計 +66.0点(WAR 6.7) +77.0点(WAR 7.8)
打撃はほぼ互角です。大谷さん +32.5点 、PCA +34.5点 。wOBAが同じで、PCAの方が打席が23多い。その差がそのまま出ています。
走塁で少し離れます。28盗塁のPCAが +4.0点 、6盗塁の大谷さんは +0.9点 。
そして、守備や投球で防いだ点。
大谷さんは今季14先発、85回2/3を防御率1.79。リーグ平均の投手が同じイニングを投げた場合と比べて、+15.0点を防ぎました。
一方、PCAがセンターで防いだのは、+19.5点です。
……これが、今回いちばん肝になる数字です。
大谷さんが防御率1.79で85回2/3を投げるより、PCAがセンターを守り続ける方が、多くの点を防いでいた。
とセイバーメトリクスでは解釈できます。
1試合あたりで見れば、投球の威力は圧倒的です。大谷さんの1登板(平均6.1回)が防ぐのは 1.07点 。PCAが1試合の守備で防ぐのは 0.17点 。大谷さんの1登板は、PCAの6.3試合分 にあたります。
ただし、ここで勘の鋭い方は、もうお気づきかもしれません。
中6日のローテーション。つまり大谷さんは、およそ6〜7試合に1度 マウンドに上がります。その間、PCAは毎日センターに立ち続けている。
——1週間で積み上がる点が、ほぼぴったり重なるのです。
大谷さんがローテーションを守っていたあいだ、彼が1登板で防いだ点と、PCAがその間の6.36試合(1週平均の試合数)で防いだ点は、1.07点 対 1.08点 。誤差の範囲で、互角になります。
週に1度の支配的な先発をこなす男と、毎日センターに立ち続ける男。その二人がほとんど寸分違わぬペースで点を防いでいたことになります。
もし大谷さんが今日までローテーションを守っていたら、18登板で 19.4点 。PCAは 19.5点 。
差は、ほとんど無かったはずなのです。
実際は、14登板で15.0点。この4.5点の差は、投げられなかった1か月が、そのまま差になったものでした。
ここまでを、まとめます。
打撃で 2.0点 、走塁で 3.1点 、そして防いだ点で 4.5点 。三つとも、少しずつPCAが上回っています。
実際のプレーだけを合計すると、大谷さん+48.4点、PCA+58.0点。差は9.6点 。これに守備補正分の差1.4点を足して 11.0点(=WAR 1.1勝) 。これが二人の差となっています。
投げられないなら、打つしかない では、この1.1勝を、どうやって埋めるのか。
いちばん分かりやすいのは、マウンドに戻ることです。
ただ、大谷さんは左膝の影響で、7月3日を最後にマウンドに上がっていません。復帰の時期も、まだ見えていない。その間もPCAは毎日センターに立ち、0.17点ずつ積み上げ続けます。 残り47試合ぶんまで織り込めば、必要な投球は 約60イニング に膨らむ。WARに換算すれば、いまの1.1差が、このままでは2.2まで開く計算です。 待っているだけで、ライバルは遠ざかっていきます。
投げられないのなら、大谷さんに残された手段はひとつしかありません。打撃で差を埋めること。
正直に書きます。WARという物差しだけで見るかぎり、いまの大谷さんはかなり分が悪いです。
ただし、これはWARの話でしかない もしこのままPCAがWARで上回り、それが素直に評価されてMVPを獲るなら、それは「これまで数字にできなかった守備の価値が、初めて正面から評価された受賞」 になるはずです。12年前なら、彼の価値はデータ上には見えていないものでした。
そして——ここが少し厄介なところなのですが、その"初めて"が、彼を後押しする力になりえます。 「守備で決まった、初めてのMVP」。記者にとって、票を投じる理由としてこれほど魅力的な物語もありません。数字の裏づけがあり、時代の節目にもなる。新しい風は、それ自体が追い風になる。
——ただし、ひとつだけ、大きな前提があります。
MVPは、WARで決まる賞ではありません。
投票するのは記者30人。彼らはWARを参考にはしても、その基準だけで判断するわけではありません。WARで負けていた選手が受賞した年は、何度もあります。
では、今年はどうなのか。
後編では、投票する側(全米記者)の心理も踏まえて、大谷さんがMVPを獲るための3つの条件 を、数字で詰めていきます。
→ 後編:大谷翔平がMVPを獲る為の3つの条件
※ 得点期待値とプレー別の得点価値は2026年の全投球データ(527,330球)から算出。WARはFanGraphs方式の計算を自前で実装し、公表値に較正したものです(1勝=9.9点)。守備はStatcastのFielding Run Value。数字はすべて8月6日時点。投球の価値はFIP(本塁打・四球・三振から求める、守備の影響を取り除いた指標)で測っており、実際の失点で測ると大谷さん側がもう少し有利に出ます。なお本文の「1登板1.07点」はリーグ平均の投手との比較、「あと31イニング」はWAR全体での計算で、比較の土台が違います(WARは控え選手を基準にするため)。単純に割り算しても一致しません。
編集 @shoheidailylab
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