センター守備の評価
まず、前編で触れたPCAの守備について、もう少し掘り下げてみます。PCAの今季のセンター守備は、本当に凄いです。
2026/8/8

この記事は約 8 分で読めます。
前編では、大谷さんとPCAの現在のWARの差 1.1、そしてその内訳を見てきました。
※8月8日時点 fWARの差は 1.31
→ 前編:大谷翔平とPCA、打撃は互角。WARで 1.1 離されている理由
今季のPCAは、打撃だけでなく、センター守備と走塁で非常に大きな価値を生み出しています。一方の大谷さんには、打者としての成績に加えて、すでに85回2/3の投手としての実績があります。
では、このMVP争いは最終的にどうなるのでしょうか。そして、大谷さんがMVPを獲るためには、これから何が必要なのでしょうか。 今回は、そこを考えてみます。
まずは、大谷さんがWARでPCAに追いつけなかった場合のことを考えてみます。
まず、前編で触れたPCAの守備について、もう少し掘り下げてみます。PCAの今季のセンター守備は、本当に凄いです。
今季の外野トップ3(守備で防いだ点・2026年8月7日時点)
| 位置 | 1位 | 2位 | 3位 |
|---|---|---|---|
| センター | クロウ=アームストロング +19.5 | ラファエラ +11 | ヤング +10 |
| ライト | キャロル +8 | スミス +5 | アブレイユ +4 |
| レフト | ベリンジャー +6 | デュラン +5 | クワン +5 |
レフトのトップは +6点、ライトのトップは +8点。ところがセンターを見ると、トップは +19.5点です。トップ3で見ても、センターの数字は両翼より明らかに大きい。
もちろん、これはセンターの守備範囲が広く、両翼のカバーにも入るためです。触れる打球の数そのものが多い。だからセンターは、同じ「外野守備」でも、守備がWARに与える影響が大きくなりやすいポジションです。PCAの +19.5点は、それだけ広い範囲をカバーしながら、実際に大きなプラスを生み出しているという意味で、本当に凄い数字です。
一方で、機会の多さがそのまま数字を押し上げる構造上、センターの守備価値は過剰に評価されやすいのではないか——そういう議論も、実際にあります。
つまり、「PCAの守備が凄い」ことと、「その守備指標をMVPの価値としてどこまで重く評価するか」は、別の問題です。
PCAがWARで大谷さんを大きく離すのであれば、こうした細かな議論は必要ないかもしれません。しかし差が小さくなったときには、「この数字をMVPの決定打として、どこまで評価するのか」という部分に、どうしても判断の余地が生まれます。
この問題を考えるうえで、どうしても思い出すのが2012年のア・リーグMVPです。ルーキーのマイク・トラウトと、三冠王のミゲル・カブレラが争いました。トラウトが守っていたのは、PCAと同じセンターです。
2012年 トラウト vs カブレラ
| トラウト | カブレラ | |
|---|---|---|
| 打率 | .326 | .330 |
| 本塁打 | 30 | 44 |
| 打点 | 83 | 139 |
| OPS | .963 | .999 |
| 盗塁 | 49 | 4 |
| 得点 | 129 | 109 |
| fWAR | 10.1 | 7.3 |
トラウトのfWARは10.1。カブレラは7.3。WARでは、トラウトが大きく上回っていました。
それでもMVPは、カブレラでした。 1位票は22対6。接戦ですらありませんでした。
もちろん、2012年と現在では守備指標の精度も違います。この結果をそのまま、いまのMVP投票に当てはめることはできません。ただ、ひとつ言えることがあります。
WARの差が、そのままMVPの票差になるわけではない。 WARは選手の価値を比較するための非常に優れた指標ですが、MVP投票そのものではありません。
もうひとつ、投票する記者心理というのも無視できません。
現在のMVP投票は記名投票です。つまり、誰が誰に1位票を入れたのかが公開されます。そして近年は、投票結果について「なぜその選手に投票したのか」を説明する機会も増えています。
ここで、PCAと大谷さんのWARが大差ではない場合——PCAに1位票を入れる記者には、「なぜ大谷ではなくPCAなのか」を説明する必要が出てきます。
もちろん、「PCAの守備が歴史的だったから」という説明は十分に成立します。実際、今季のPCAのセンター守備には、それだけのインパクトがあります。ただ、その根拠となる守備指標には、先ほど見たとおり、打撃指標とは違う指標の揺れや評価の難しさがあります。
一方、大谷さんには非常に分かりやすい実績があります。今季前半の85回2/3、防御率1.79、95奪三振。 すでに今季、半シーズンとはいえサイ・ヤング賞級と呼べる投球を実際にしています。しかもその投手が、同じシーズンに打者としてMVP級の成績を残している。説明の材料として、これほど強いものはありません。
もちろん、これだけで大谷さんが投票で有利という話ではありません。PCAの守備・走塁にも、それだけの価値があります。ただ、WARが小差のとき、「どちらの価値を、MVPの決定打として説明するのか」という記者の視点は、今年の投票を考えるうえで無視できないと思います。
実際に記者は、何を見てMVPを決めているのでしょうか。かつてのように「打率・本塁打・打点」で決まる時代は、もう終わっています。
MVP受賞者20人(2016〜25年)が、リーグ1位だった指標と割合
| 部門 | 1位だった人数 | 割合 |
|---|---|---|
| 長打率 | 13 / 20人 | 65% |
| wOBA(打撃の総合指標) | 12 / 20人 | 60% |
| OPS | 11 / 20人 | 55% |
| 出塁率 | 8 / 20人 | 40% |
| 本塁打 | 5 / 20人 | 25% |
| 打点 | 5 / 20人 | 25% |
| 打率 | 4 / 20人 | 20% |
過去10年でMVP受賞者がリーグ1位になっている割合が高いのは、長打率、wOBA、OPSといった打撃の総合指標です。
しかも、年代で割ると傾向はもっとはっきりします。
| 期間 | リーグwOBA1位が受賞した割合 |
|---|---|
| 2016〜2020 | 3 / 10人(30%) |
| 2021〜2025 | 9 / 10人(90%) |
直近5年は、10人のうち9人がリーグwOBA1位でした。(唯一の例外が、2021年の大谷さん)
つまり現在のMVP投票では、「どれだけ質の高い打撃をしたか」が非常に重視されていると考えられます。
そう考えると、今年の大谷さんにとって重要なのは、PCAとWARで並ぶこと自体ではありません。WARで並ぼう、上回ろうとすれば、大谷さん自身がさらに多くの稼働を積み上げる必要があります。しかし、今季は左膝の状態があります。そして大谷さんにとって本当に重要なのは、レギュラーシーズンのWARを最大化することではなく、ポストシーズンで投手として戦える状態にもっていくことです。膝に負担をかけてまで稼働量を増やし、WARを追いかけるのは、賢い選択とは言えません。
ここまでを踏まえて、私が考える大谷さんの勝ち筋は、「WARをPCAに追いつくまで稼ぐこと」ではありません。
「MVP投票で、大谷さんを1位にする理由を、十分に揃えること」
「WARで負けるなら、小差(1.0差以内)に抑えること」
※2021年には、ハーパーがソトとの1.4差を覆してMVPを獲った事例もあります
です。そのための条件が、3つあります。
まず、いまの二人の打撃成績を見てみましょう。
打撃での比較(2026年8月7日時点)
| 大谷翔平 | クロウ=アームストロング | |
|---|---|---|
| wOBA | .4019(2位) | .4024(1位) |
| OPS | .953(1位) | .936(2位) |
| 本塁打 | 26 | 26 |
ほぼ完全な互角です。
だからこそ、ここから大谷さんが明確に上回ることが重要になります。
その兆しは、すでに出ています。7月4日以降の24試合で、.326/.387/.653。 打球速度95マイル以上の割合(Hard Hit%)は52.6%から55.7%へ、長打になりやすい速度と角度で捉えた打球の割合(Barrel%)は15.9%から18.6%へ上がりました。この水準を維持できれば、十分です。
さらにxwOBA(打球の速度と角度から運の要素を取り除いた期待値)を見ると、大谷さんは期待値.413に対して実績.399。一方のPCAは期待値.366に対して実績.400。この差が今後どう収束していくかにも、注目です。
ここが、今回の最大のポイントです。なぜなら、今年のMVP争いにおいて大谷さんだけが持っている「ジョーカー」だからです。
このままマウンドに戻らなかった場合、PCAの守備・走塁の積み上げを打撃だけで追いかけていくのは簡単ではありません。試算してみます。
マウンドに立たないままシーズン終了した場合のシミュレーション値
| 大谷翔平 | クロウ=アームストロング | |
|---|---|---|
| 打率 / 出塁率 / 長打率 | .298 / .397 / .574 | .277 / .378 / .528 |
| OPS | .971 | .905 |
| 本塁打 | 41 | 35 |
| 盗塁 | 7 | 40 |
| 投球 / 守備 | 85回2/3・防御率1.79・95奪三振 | 守備で+25点 |
| WAR | 8.6 | 10.0 |
WAR差は、1.4。 まだギリギリ勝負圏内の数字ですが、かなり厳しい。
しかし、WS3連覇に向けて、本人もドジャースも、ポストシーズンから先発として行けるように準備を進めるでしょう。10月に投げるためには、9月に実戦のマウンドを踏んでおく必要がある——そのリハビリ登板そのものが、MVPレースでは投手としての積み上げになります。
すでに前半戦の85回2/3で、防御率1.79というサイ・ヤング賞級の投球をしています。そこに復帰後の投球が加われば、「打撃+歴史的なセンター守備」というPCAの価値に対して、「打撃+サイ・ヤング賞級の投球」という二刀流の価値をシーズン後半に印象づけることが出来ます。
投手復帰は、MVP投票で、大谷さんを1位にする理由そのものを強くします。
そして実は、これがすべてのベースです。
大谷さんの左膝は、注射による治療をはさみながらの出場が続いており、オフには手術の可能性も取り沙汰されています。経過を追うかぎり、打撃の出力は出せるが、投球で負荷をかけると悪化の可能性がある——というのが現在地です。
もし炎症が悪化して欠場が続けば、条件①の打撃も、条件②の投手復帰も、同時に崩れます。 なので「投手復帰できるか」より先に、「膝を悪化させずに、9月まで持っていけるか」が最も重要だと思います。
必要なのは、健康を維持しながら、結果としてMVPを獲れるだけの価値を積み上げていくことです。
ここまでを踏まえた、私の現時点でのシミュレーションです。
最終スタッツ予想(9月に4登板・18イニングでマウンド復帰した場合)
| 大谷翔平 | クロウ=アームストロング | |
|---|---|---|
| 打率 / 出塁率 / 長打率 | .298 / .397 / .574 | .277 / .378 / .528 |
| OPS | .971 | .905 |
| 本塁打 | 41 | 35 |
| 盗塁 | 7 | 40 |
| 投球 / 守備 | 103回・防御率1.91・115奪三振 | 守備で+25点 |
| WAR | 9.3 | 10.0 |
どうでしょうか。WARでPCAと並ばなくても、MVP争いにおいて十分に大谷さんのスタッツはインパクト大だということです。
その鍵になるのが——打撃の維持。投手復帰。そして、膝の健康。 この3つです。
今年のMVP争いは、単純な「大谷 vs PCA」ではないのかもしれません。PCAは、センター守備と走塁を含めて、大きな価値を生み出しています。そこは正当に評価されるべきです。
一方の大谷さんには、すでにサイ・ヤング賞級の85回2/3があります。打者としてMVP級の仕事をしながら、投手としてもリーグ最高クラスの投球をする。この価値をどこまでMVPとして評価するのか——そこが、今年の投票の核心になると思います。
ベースボールは9人で行うスポーツです。どれほど優秀な打者でも、1日に立てる打席は限られています。守備機会も限られています。でも、大谷さんはマウンドに立てば、その日のアウトの大部分を、自分の手から始めることができます。 これは、どれほど優秀な野手にもできないことです。
二刀流の価値は、WARを足し算すれば終わるものではありません。一人の選手が、打つことでも、投げることでも、試合そのものを変えられる。 それが二刀流の特異性です。
そして今年、大谷さんがもう一度マウンドに立つことができれば。
「なぜ大谷翔平という選手が、これほど特別なのか」——その価値を、もう一度、投票用紙を持つ記者たちに思い出させることになるのではないでしょうか。
今年のMVP争い。最後まで、楽しみに見届けたいと思います。
■ NL MVPレース考察(全2回)
※ 成績は2026年8月7日時点。守備の数字はStatcastのFielding Run Value、xwOBAは打球の速度と角度から算出した期待加重出塁率です(この指標は足の速い打者をやや低く見積もる性質があり、PCAはリーグ屈指の俊足なので、打率の差の一部は運ではなく彼の脚によるものです)。WARはFanGraphs方式の計算を自前で実装し、公表値に較正したもの(1勝=9.9点)。過去のMVP受賞者の部門別順位は規定到達打者を対象に集計しました(wOBAは共通の係数で算出しているため、年ごとの係数差による微小なずれがありえます)。着地予測は「残りの打撃は7月以降の水準」「PCAは期待値へ収束」「守備の上積みは現在ペースの7割」という前提を置いた試算で、確定した予測ではありません。
🎯 大谷さんは、どう攻められているか
リーグは大谷さんをどう攻めるのか。試合ごとの配球・コース・スイングを、独自のAttack Mapで可視化しています。
Attack Map を見る →