今回調べたいこと——大谷さんの稼働量
二刀流大谷さんの身体が最大出力で働く場面は、大きく3つです。投げる(投球)、打つ(バットスイング)、走る(ベースランニング)。 今回やりたいのは、この3つの動作にシーズントータルでどのくらいの負荷がかかっているかを、計算で求めることです。 それが分かれば、「投げる年」と「投げない年」で身体に何が起きているのかを、同じ物差しで比べられます。 まず、大谷さんの6年間を、3成分の「週あたり回数」で並べます。
2026/7/19
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投げて、打って、走る。大谷さんの二刀流を、私たちは毎日あたりまえのように見ています。 でも、その身体には実際、どれくらい負荷がかかっているのでしょうか。
前回のコラム 「大谷翔平の本塁打はなぜ減ったのか — 衰えか、新しいスタイルか」 では、今季の本塁打減が衰えではなく「二刀流のための出力配分」らしい、という話をしました (未読の方はそちらからどうぞ)。
今回はその続きです。「出力配分」をもっと突き詰めて計算していくと——二刀流の「稼働量」そのものが見えてきました。
先に断っておくと、今回はいつにも増して“ゆる考察”です。数字はすべて実測ですが、組み立ては思考実験。 肩の力を抜いて読んでいただければと思います。
二刀流大谷さんの身体が最大出力で働く場面は、大きく3つです。投げる(投球)、打つ(バットスイング)、走る(ベースランニング)。 今回やりたいのは、この3つの動作にシーズントータルでどのくらいの負荷がかかっているかを、計算で求めることです。 それが分かれば、「投げる年」と「投げない年」で身体に何が起きているのかを、同じ物差しで比べられます。 まず、大谷さんの6年間を、3成分の「週あたり回数」で並べます。
| 年 | 投球/週 | スイング/週 | 平均EV(mph) | 全力疾走/週 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2021 | 76.5球 | 44.9回 | 92.9 | 3.1回 | 打撃比重の二刀流 |
| 2022 | 99.2球 | 47.3回 | 92.7 | 2.5回 | 中5.7日・投手比重 |
| 2023 | 99.7球 | 49.7回 | 94.4 | 3.5回 | 中5.6日・8月に肘 |
| 2024 | 0球 | 50.0回 | 95.9 | 5.3回 | 打者専念・54本59盗塁 |
| 2025 | 28.4球 | 47.9回 | 94.8 | 4.2回 | 6月復帰・リハビリ登板 |
| 2026 | 80.6球 | 41.6回 | 93.6 | 3.0回 | 週1登板×95球 |
表の見方を少しだけ。投球/週は、1週間に投げた球数です。同じ90球前後の登板でも、 中5日で回せば週あたりの球数は割増になり、負荷もその分高まります(2022-23年の数字が大きいのはそのためです)。スイング/週×平均EVが打撃の負荷で、「何回振ったか(空振り・ファウル・インプレー込み。1試合平均は約8本) ×どれだけ強く振ったか(平均打球速度)」を表します。本稿では、スイング数にその年の平均EV係数(その年の平均EV÷6年平均)を乗じたこの値を、EVSwという単位で数えます。
そして全力疾走は、得点(ホームランを除く)と盗塁を1回ずつ、同じ重みで数えています。 走る距離はまるで違いますが、身体の負荷の本体は距離ではなく、「静止から一気に最高速へ上げて、急停止する」という最大加速の1回にあるから、です。 盗塁は静止からの全力加速にスライディング、生還は本塁への最終ダッシュ——「全力加速1回ぶん」として同格に数えます。 ホームランの一周を除いたのも同じ理由で、あのゆっくりした一周は全力疾走ではないので。
◆ 週あたりは在籍期間ベース、2026年は97試合時点。
1球と、1スイングと、1疾走の負荷量は違います。ここが今回いちばん悩んだところです。 結論から言うと——2.5球 = 1スイング = 1.04全力疾走。以下、その置き方の根拠です。
スイングの重みは、投球2.5球ぶんと置きました。手がかりは、リアル二刀流の登板日です。 95球を投げたその日の打席でも、大谷さんの打球速度はまったく落ちません(今季の登板日の平均EVはむしろ高いくらいです)。1スイングが1投球に対して負荷が大きいなら、こうはいかないはず。
体感でも確かめられます。登板日の大谷さんの一日は、約95〜100球+打席でのスイング7本前後。 合わせると「1日あたり110〜120球ぶん」。普通の先発投手の、およそ1.2倍の一日です。 ……プロの世界の肌感覚として、悪くない見積もりではないでしょうか。
走塁の重みは、走塁が最大化された2024年(59盗塁)から求めます。 結論から言うと、全力疾走1回=約投球2.4球ぶん。 なので59盗塁の2024年でも、走塁の負荷は全体の1割にとどまる計算になります。
◆ 導出の詳細(気になる方だけどうぞ):①2024年のFanGraphsのWAR成分を見ると、走塁が生んだ価値は 打撃が生んだ価値の約10%。②「負荷も、生んだ価値と同じ比率だろう」と置くと、2024年の走塁全体の負荷は、 打撃全体の負荷(スイング週50回×2.5球×強度補正=週128pt)の10%=週12.8pt。 ③この年の全力疾走は週5.3回だったので、12.8÷5.3≒2.4球、となります。 なお、この置き方には異論もありうると思います。ただ、スイングを2球ぶんにしても3球ぶんにしても、 盗塁を2倍に重み付けしても、この後の各年比較の結論順序にほとんど変わりありませんでした。
3成分の「重み」がそろったところで、6年間の稼働量を計算します。 週あたりの総出力と、それを稼働週ぶん積み上げたシーズン総稼働量、そして出力あたりの価値(WAR効率)を並べました。
| 1週間あたり | シーズン | |||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年 | 投pt | 打pt | 走pt | 出力 | 総稼働量 | 対2022年比 | fWAR | 効率 |
| 2021 | 76.5 | 110.8 | 7.5 | 195 | 5,163 | 88% | 8.0 | 0.26 |
| 2022 | 99.2 | 116.6 | 6.1 | 222 | 5,880 | 100% | 9.2 | 0.26 |
| 2023 | 99.7 | 124.8 | 8.3 | 233 | 4,889 | 83% | 8.9 | 0.28 |
| 2024 | 0.0 | 127.6 | 12.6 | 140 | 3,715 | 63% | 8.9 | 0.40 |
| 2025 | 28.4 | 120.7 | 10.1 | 159 | 4,219 | 72% | 9.4 | 0.37 |
| 2026 | 80.6 | 103.5 | 7.1 | 191 | 5,067換算 | 86% | 10.5換算 | 0.35 |
◆ 打pt=EVSw×2.5球、走pt=全力疾走×2.4球で換算。年間総量=週次×稼働週(2023は右肘故障までの21週、2026は162試合換算ペース)。対2022年比=年間総量の比較。2026のfWARも162試合換算ペース(97試合時点6.3)。効率=WAR/10試合 ÷(週あたり出力/100)。 「同じ出力からどれだけ価値を生んだか」=いわば燃費(コスパ)です。
この表から、いくつものことが読み取れます。
週あたりの負荷が最大なのは2023年(233)。中5日を切る登板間隔で週100球、打撃もフル。 その週次ペースを21週間続けた8月、右肘の靱帯を故障しました。
シーズン総稼働量(年間の総量)が最大なのは2022年(5,880)。週次では2023年に一歩譲りますが、 26.5週を一度も止まらず完走したのはこの年だけ。「一番身体的にきつかったのは2022年」という本人の言葉と、ぴたりと一致します。
そして打者専念の2024年は、計算上、2022年の63%。毎日打席に立ち、盗塁を59個積んでも、 投球という重い成分がなければ、数字上は身体の負荷は想像以上に軽減されていそうです。 あの2年に「まだ余力がありそうだ」と見えた方も多かったのではないでしょうか。 実際、キャリアの二大ピークである54本塁打(2024年)と55本(2025年)は、 この「余力」の2年に生まれています。
負荷を6割に抑えて、本塁打はキャリア最多。となると、こう思いませんか—— いっそ投げないほうが「賢い」のではないか?
その問いには、稼働量の表の「効率」の列が答えてくれます。
最もコスパが良いのは、打者専念の2024年(0.40)です。負荷は6年で最少。 故障のリスクを抑え、キャリアを長持ちさせるという観点でも、打者専念は文句なく「賢い」選択です。 身体をコントロールしながら、悠々とMVP級の成績を出せるのですから。
でも、この表にはもうひとつの見方があります。
2024年、37%の余力があっても、どれだけ打って走っても、さらなる使い道がない—— DHという職業には、それを注ぎ込む先がないのです。8.9というWARは、 コスパ最高の運転で到達できる最大に近い値なのかもしれません。
いっぽう今季の大谷さんは、より深く身体を使ってWARペース10.5。コスパでは2024年に劣ります。 それでも、チームへの貢献の絶対量は、キャリアで最大です。
つまりこういうことです。身体を守るなら、打者専念。身体を出し尽くすなら、二刀流。 コスパを取るか、総量を取るか——大谷さんは、もちろん総量を取っている。だからこそのユニコーンです。
しかも見事なのは、その二刀流の中でもコスパが上がり続けていることです。二刀流の年に限れば、 効率は0.26→0.26→0.28→0.35(今季)。同じ「投げて打つ」でも、 今季は過去のどの年より上手に結果へ変換している。総量を取りながら、コスパの改善も止めない——では、その今季の出力デザインの中身を、最後に見てみましょう。
もういちど稼働量の表に戻ってください。今季の打ptは103.5——6年間で最低です。 これは打者・大谷さんの衰えではありません。打撃に割く「量」を、キャリアでいちばん意図的に絞っている、 ということです。では、その削った分はどこへ行ったのか。マウンドです。
今季の大谷さんは、1登板95球・週1回という、サイ・ヤング賞を本気で狙っていたと思われる投球を積んでいます。 2022年の総稼働量を上限と考え、そのうえでポストシーズン——WS優勝までなら最低でも11試合ぶんのプラス——まで見込んで、 レギュラーシーズンの打撃の「量」を意図して落としています。 そして、削った量の中で「質」を高める工夫こそが、「大谷翔平の本塁打はなぜ減ったのか」で書いた「出力の温存」でありコンタクト設計でした。 2022年を超えない範囲(86%)に稼働量を収めたまま、投手としても打者としてもクオリティを高める試み——この投手比重高めのバランス(結果的にWAR10.5ペース)こそがチームへの貢献量を最大化すると、 大谷さん本人はそこに狙いがあって、今シーズンの初めから実践していたのではないでしょうか。
もちろん、ここまでの計算はぜんぶ仮定の上に立つ思考実験です。それでも、この粗い机上計算から見えてくるものがあります—— 二刀流を続けるという選択が、どれほど尋常でない負荷の上に成り立っているか、です。
次に大谷さんが投げて、打って、走るのを見るとき、この表を少しだけ思い出してみてください。 あの当たり前のような毎日が、どれほど途方もない稼働の上にあるか——見え方が、少し変わるかもしれません。
——今日はここまで。感じ方は、きっと人それぞれだと思います。あなたの読み方も、ぜひ聞かせてください。 感想はXの @shoheidailylab まで。
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