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大谷翔平は膝を痛めた“後”に、スイング速度を上げていた

2026/7/10


この記事は約 9 分で読めます。


大谷翔平 2026年 全21本塁打の補正バットスピード。左膝負傷(6/12)を境に、後のほうが速い。
2026年・全21本塁打の“補正バットスピード”(捉える深さをそろえた値)。左膝負傷(6/12)を境に、負傷後のほうが速く、負傷前75.8→負傷後78.9マイルへ。

前回、「大谷翔平の本塁打はなぜ減ったのか — 衰えか、二刀流を続けるための選択か」という記事を書きました。データを並べるかぎり、フルスイングの威力は各年と変わらず、ただ二刀流で投打の出力をやりくりするために、 全力で振る“回数”のほうを抑えている——そうお伝えしました。

そのあと、記事を読んでくださった方から、こんな一言をいただきました。「14号あたりから、スイングが変わった気がする」。 最初は気のせいではないか、と思いました。けれど、データを確かめてみて——私は、前回の結論の、さらに先にあるものに気づきました。 大谷さんの凄さ(というより、恐ろしさ)を、あらためて突きつけられたお話です。

まず、“生”のバットスピードを並べてみる

2026年の本塁打を、打った順に、そのときのバットスピードで並べてみました。

※ この記事のバットスピード・接触インチ(バットとボールが当たった位置)・打球速度などの計測値は、 すべてMLB公式のStatcast(Baseball Savant)で公開されているデータを使っています。

2026年の全本塁打。接触インチは「本塁までの距離(インチ)」で、大きいほど前(投手寄り)で捉えています。 色付きは、“変わった”と思われる14号以降です。
日付生バットスピード接触インチ打球速度
14/378.133.1110
24/580.828.4115
34/674.829.6108
44/1180.033.3104
54/1278.132.1108
64/2678.728.0110
75/1273.719.6106
85/2075.026.5111
95/2773.621.7111
105/2979.336.3100
116/676.224.3110
126/1071.824.0104
136/1176.129.0108
146/1382.428.7110
156/1678.124.9107
166/2080.429.2115
176/2282.130.4113
186/2976.733.7112
197/674.021.4106
207/777.922.9112
217/1077.324.9105

※ 接触インチが約31を超える(前で捉えすぎ=泳がされ気味)/10を下回る(詰まり)一打は、 バットとボールが当たる位置が極端で、生の数値がその日の“振りの強さ”を素直に表しません。次章の“補正”は、この違いをならすためのものです。

眺めていて、たしかに14号あたりから、バットスピードが速い気がします。ただ、よく見ると接触インチ(=バットとボールが当たった位置)が一打ごとにバラバラです。ここで、疑問に思いました。 このバットスピードの数値は、もしバットとボールが“当たった瞬間”の速さだとすると、このまま比べても、どちらのスイングが本当に強いのかは、分からないのではないか、と。

“補正”が必要だった

調べてみると、その疑問は当たっていました。このバットスピードは、まさにバットがボールに当たった、その瞬間の速さ—— MLBが2024年から公開したバット計測(Statcast)の定義で、「バットの芯(スイートスポット)が、ボールと接触する瞬間の速さ」と決められています。 だから、ボールを前で——投手寄りで——捉えると、スイングがピークに乗ったところで当たり、数値は高く出ます。 逆に、深く呼び込んで打つと、ピークの手前で当たるので、低く出ます。

つまり、14号以降が速く見えたのも、たまたま前で捉えていただけかもしれない。 生の数値のままでは、公平に比べられない——だから、補正が必要でした。

2025年を物差しに——補正バットスピード

そこで、55本塁打を放った去年(2025年)の打球を丸ごと使い、 「この深さで捉えたら、ふつう何マイル出るか」という“基準”を作りました。その基準に照らして、今年のホームランを一発ずつ、同じ深さ——大谷さんが平均的に捉える、およそ26インチ——で振ったら何マイルかに揃え直します。 全員を同じスタート地点に立たせて、タイムを測り直すイメージです。 これで、捉えた位置のブレを消した“振りの強さ”どうしを、そのまま比べられます。

※ 補正のしくみ:2025年の全打球で「接触インチ(横軸)×バットスピード(縦軸)」の平均的な関係を関数化し、近似できるようにします。 各ホームランのバットスピードが、その接触インチでの“標準値”よりどれだけ上下しているか(=ズレ)を測り、 全員を共通の深さ(約26インチ)に置き直したのが補正バットスピードです。深さの有利・不利を差し引いた、“正味の振りの強さ”にあたります。

“錯覚”では、なかった

揃え直した、補正後のバットスピードが、こちらです。

補正後のバットスピード(マイル)。捉えた深さの違いをそろえても、14号(色付き)以降ははっきり速いままです。
日付生バットスピード補正バットスピード
14/378.176.6
24/580.880.0
34/674.873.7
44/1180.078.5
54/1278.176.7
64/2678.778.0
75/1273.776.7
85/2075.074.7
95/2773.675.3
105/2979.378.0
116/676.276.7
126/1071.872.4
136/1176.175.1
146/1382.481.5
156/1678.178.3
166/2080.479.4
176/2282.180.9
186/2976.775.2
197/674.075.9
207/777.979.0
217/1077.377.6

捉えた深さを揃えても、14号を境に、はっきり上がっています。気のせいではありませんでした。

(18号は接触インチ33.7の“泳がされ”=前で捉えすぎです。このあとの群平均では、こうした極端な一打を、どの群からも同じ基準でそろえて除いています。)

14号からの気づき——きっかけは、左膝負傷だった

ここで、ふと気づきます。13号は6月11日、14号は6月13日。その、ちょうど間に、大谷さんは左膝を痛めていました。 14号は、膝を痛めて戻ってきた、最初の一発だったのです。“変わった”と感じた境い目は、偶然ではありませんでした。 身体に、はっきりとした区切りがあったのです。

この時点で「えっ…」と湧き上がる興奮があったのですが、それを抑えつつ、スイングを「膝負傷の前(1〜13号)」と「膝負傷の後(14号〜)」に分けて、 平均バットスピードを見比べました。

結論を言うと——膝を痛めた“直後”から、バットスピードが速くなり、打球速度も上がっていました。今シーズン、最も速く振った本塁打(14号・82マイル)も、膝を痛めた直後の試合で生まれていました。

膝負傷の後も、2024年に肩を並べていた

膝負傷の前後、そして基準にした年の、ホームラン時の補正バットスピードを、平均で並べます (接触位置が極端な“泳がされ・詰まり”の一打は、どの群からも同じ基準でそろえて除いています)。

補正バットスピード(ホームラン時・マイル)。膝の後は、2025年を上回り、打者に専念した2024年に肩を並べています。
補正バットスピード
2024(打者に専念して54本の年)78.8
2025(投手リハビリで55本の年)77.6
2026 膝負傷の前(1〜13号)75.8
2026 膝負傷の後(14号〜)78.9

順番は、こうでした。膝負傷の後(78.9)は、膝負傷の前(75.8)はもちろん、2025年(77.6)も上回り、そして打者に専念して54本塁打を放った、あの2024年(78.8)にも、肩を並べていたのです。 投打をフル稼働させている今年、しかも膝を痛めた“後”に、大谷さんは、打者専念だったころと同じ強さで、ボールを叩いていました。

(膝負傷の後は6本と小さいサンプルなので、断定はしません。ただ、結果のベクトルは、疑いようがないほど、はっきりしていました。)

私は、ぞっとしました。膝を痛めれば、下半身は使いにくくなり、スイングの力は削がれるのが普通です。 多くの打者は、ケガのあと、無意識にスイングを緩めます。身体を守るからです。 なのに大谷さんは、膝を痛めた“後”に、スイングを緩めるどころか、一段速くしていた。打者専念だった2024年の自分に、肩を並べるほどに。 ——普通は、逆のはずなのです。

念のため——バットを、替えたわけではない

当然の疑問が浮かびます。軽いバットや、よく飛ぶバットに替えたのではないか、と。

これは、数字ひとつで確かめられます。「打球速度 ÷ バットスピード」——同じ速さで振ったとき、ボールがどれだけ速く飛び出すか。 いわば“バットの性能”を映す値です(smashファクターと呼ばれます)。バットを替えていれば、この値が動きます。

結果は、去年・膝負傷の前・膝負傷の後で、ほぼ同じでした。つまり、バットは変わっていない。 変わった(速くなった)のは、振り、そのものだったのです。

※ 詳細:本塁打時のsmashは 1.412/1.412/1.398(2025年/膝負傷前/膝負傷後)。バットの重さが10グラム変わるとおよそ0.005(±0.003)動く値なので、 この差は誤差の範囲です。しかも膝の後はわずかに低く、“よく飛ぶバット”なら上がるはずの向きと逆。スイングの長さも7.89〜7.92フィートで不変です。 膝の後は打球速度も上がっていますが(平均108.1→109.9マイル)、smashが一定のままEVが上がった=バットスピードの上昇で説明がつきます。 シーズン序盤に一時バットを試したという話もありましたが、smashが動いていない以上、出力の増加を“道具”で説明することはできません。

なぜ、スイングが強くなったのか——身体に応じた、大谷さんの臨機応変

理由は、ひとつしか思い当たりません。膝を痛めて大谷さんが“失うもの”——走塁です。

膝に不安があれば、全力では走れません。塁に出ても、その足で先の塁を奪えない。すると、ただの出塁や単打の価値が、本人にとって、少しだけ下がります。 では、走れない身体で、いちばん確実に点を生む一打は何か。——ホームランです。柵を越えてしまえば、痛む膝で全力疾走する必要はない。 ゆっくり一周して、歩いて帰ってくればいい。……大谷さんは、そう考えたに違いありません(もちろん、仮説です)。 冗談のように聞こえるかもしれませんが、大谷さんはこれまでも、合理的な判断で自身の二刀流を設計してきた人です。

この見立てが正しければ、大谷さんはきっと、走者のいない場面や打者有利のカウントでは一段ギアを上げて長打を狙い、 逆に、走者を得点圏に置いた場面——ヒット一本で走者が還り、自分は走らずに済む場面——では、これまでの2026年らしくコンタクトな打撃に徹するはずです。 そこで、次のデータを確かめました。

得点圏では、むしろフルスイングを抑えていた

走者を得点圏に置いた場面(RISP)と、そうでない場面とで、全力でスイングする割合を分けてみました。

※ この表は、ホームラン時に限らない、すべての打席(スイング)のサンプルです。

全力で振る割合(フルスイング率)。膝の後は、得点圏(RISP)でいちばんはっきり抑えています。得点圏の打席は少ないので、あくまで傾向です。
非RISP 全力率RISP 全力率
202557.8%45.1%−12.6pt
2026 膝負傷の前45.7%36.6%−9.1pt
2026 膝負傷の後55.1%34.5%−20.6pt

膝負傷の後、得点圏でない場面では、全力で振る割合は55.1%と高い。ところが、得点圏に走者がいる場面では、それが34.5%まで落ち、 バットスピードも平均で3.8マイル低くなっていました。この“抑える差”は、2025年(−12.6ポイント)よりも、膝の後(−20.6ポイント)のほうが、 はっきり大きいのです。

つまり大谷さんは、膝負傷の後、むやみに振り回していたのではありませんでした。得点圏では、これまで以上にコンタクトへ切り替え、確実に還すことを選んでいました。 振る場面と、抑える場面。その使い分けは、膝負傷の後にこそ、いちばん際立っていたのです。

温存されていた、“全開”

こうして見てくると、やはり大谷さんの最大出力は、衰えていませんでした。それどころか、膝を痛めてなお、打者専念だった2024年に並ぶ強さで振れる。 ということは——普段のフラットで軽い打席は、フル出力していないだけだったのです。 走れないなら、その分をホームランで取り返す。得点圏に走者がいるなら、力を抜いてコンタクトして確実に還す。 場面と身体に合わせて、力を、自在に出し入れしている。

では、普段はなぜ抑えるのか。162試合を戦い抜き、そのうえ投手としてもマウンドに上がるためです。 長いシーズンと二刀流の負荷に耐えるために、ふだんは出力を“温存”している。 今回の数字が示したのは、大谷さんの恐るべきフィジカルの中身でした。

左ひざの状態と後半戦

さて——じつは、この記事を書いているまさにその最中に、大谷さんの登板回避とオールスター欠場が決まりました。左膝の炎症が続いているためです。

気になるのは、後半戦への影響です。いま分かっていることを、整理してみます。

以上から後半戦のシナリオは、こうです。登板は無理に急がず、10月から逆算した慎重な起用になりそうな気がします(監督も「後半戦には投げられる状態になる」と。時期は未定で、規定投球回も今季は厳しくなりました)。 そして打撃は、これまでどおり出場を続けながら、様子を見て左膝の回復を待つ。それが、大谷さんの意向やチームの今回の判断からすると現実的なシナリオかなと思います。

全盛期のいま

ここまで見てきたとおり、フィジカル的には、大谷さんはいまが全盛期で間違いないです。ただ、2026年の大谷さんのプラン(投を高めたバランス)は、左膝の負傷で少し躓いてしまいました。

オールスター欠場は残念ですが、そのぶんを休養にあてられるのは、むしろポジティブに捉えたいと思います。いま何より肝心なのは、左膝をしっかり回復させること。全盛期の身体を、いちばん大事な10月へ、万全で運んでもらいたいなと思います。

あらためて——身体が万全ではない中でも試合に出続け、私たちに希望と元気を与えてくれる大谷さんに、感謝の気持ちでいっぱいです。 後半戦は、左膝がすっかり癒えて、痛みを気にせず思いきりプレーする大谷さんが見られますように——一ファンとして、心からそう願っています。

編集 @shoheidailylab


データ出典: Baseball Savant (Statcast) 2024–2026 / 自前集計(tools/pitch_grade)。 補正バットスピードは2025年を基準に、接触の深さ(約26インチ)をそろえて算出。数値は2026/7/10時点(21号まで)。

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